[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
自分の倖せは自分で見つけなければならないッてことです
心の中にある幸せ感は実態としてみることは出来ません。
垣間見る程度のことしかできません(想像と錯覚を交えて)
コロナ禍に悩まされて間もなく今年も終わります長く短く
施設に入所している女房には面会もままならず過ぎし日々
道なき道を二人で越えて来たその愛に価値があったのか?
びわ湖湖畔で夕日と小白鳥を狙ったが
二頭を追うものアブハチ捕らず(自作)
きのう なんとか過ごせたなら
今日も なんとか過ごせるはず
きょう なんとか過ごせたら
明日も なんとか過ごせるはず
考えが甘過ぎましたネ!!
大変なんだよ
難しんだよ
生き続ける事って
凄い事なんだよ
八十路も登り切って楢山の坂道を登っている自分がカメラで夕日を狙い
今日一日の納めをしようと狙ってると突然若者の襲来に、思い出ボロボロ
夕陽の色には 一日が無事に終わったんだなぁ~という落ち着きと
安心感が交じり合っているように思えます。若い頃のお話ですね
今日の出来事の中で あれはいけなかったかな~と気になることも
あるけれど西の空に向かって尋ねてみると、気にしなくていいんだよ
今日はこれで終わるんだよ良かったね~と優しく包み込んでくれます
びわ湖湖畔:12月6日(写)
人里離れたの農業用のダム湖でただ一人 釣鐘人参草に出会い
何を求めてきた?っと自問自答 去って行ったのは花じゃない
迷い込み 神の死角へ 勇み足
小高い丘の上に迂闊にも神さまの死角に足を踏み込んでしまったボク
案内板とかは出ていたかもしれませんが、この世とは思えない光景で
沈みゆく夕陽のその先は西方浄土か賽の河原か、ただ茫然と見惚れて
あたりは夕闇が迫り誰か附いて来る気配がしかし振り向いてみれば夕闇
朝早くから福井県小浜のエンゼルラインに出かけて
山のてっぺんから 見下ろした紅葉に映える山を見る
天気予報では一日中晴天のつもりが夜明けから一面の
雲で視界は悪く「ついてない~~」市内へ戻りゆっくり
昼食をとると青空が出て再度ドライブウエーを戻る(^^)
エンゼルライン:11月14日(写)
午後は晴れるが雲が多い
自分の後についてきてくれる人がいるものと・・・大抵の人が
そう思って何かしら安心感のようなものがあるのですがある日
ふと振り返ってよくよく見たら何と自分の影以外に何も見えない
コロナ禍で公園も人の出が少なく 野鳥を狙うにはチャンスだ
しかし落葉を眺めて一人だと昔の夢を追っかけてた時を思い出す
人は誰も一人旅に出て振り返っても其処にはただ風が吹い・♪
公園の楓の木の下で風変わりな葉っぱを見つけて
説明を読むと「カナメモチ」写真で写しました
里の秋も紅葉あり黄葉あり常緑樹ありそれぞれ
自分にふさわしい色に染めて裸木になるまでの
暫しの間私たちを楽しませ感動を与えてくれる
この美しさを新兵器カメラで絵画のように表現す
妙感寺:11月11日(写)
何ごとも 無かったような 秋の暮れ
午後家内の面会に行きリンゴを二人で食べたが喜ばなかった
何時もように柔かい果物葡萄イチゴ蜜柑チョコレートだった
3時半ごろからお天気が良くなり夕日を撮りに行くが構図不良
大きくは宇宙 地球 日本 小さくは私を取り巻く環境です
日々何事かの問題を抱えているのですがそんなことには微動だに
談山神社:11月8日(写)
命ある かぎり描こう ラブレター
「砂に書いたラブレター」昔のヒット曲にありましたね
これを文字って私は写真で幻のキミに届けようとしています
砂の上にはどんなに上手に描いた絵も波のひとつで跡形もなく
消えてしまいますが、それでも懲りることなく人は思いを描く
消えることが分かっていても描かなければ死んだも同然です
命のある限り描いてみよう・・・たとえ戯画であろうとも…
多武峰から室生路 帰り道 西光寺に立ち寄る
ふら~りと出掛けて奈良多武峰から室生路
帰り道に遠くからでも目立つ大イチョウ
立ち寄って落葉銀杏の絨毯を撮り住職に出会い
「写真撮らせて頂きます」と挨拶心和む会話
室生 西光寺:11月8日(写)
今日面会に行った出会ってすぐには解らない様子
キミが大好物の薄皮ミニ案パンを手で千切って二人で食べた
嬉しそうな笑顔でモット欲しいと手で訴える
二人で歌を歌った笑顔と手で拍子をとっている
カエリタイ…何時まで…ボクの目頭が一杯になる
か弱い女の世話も出来ない甲斐性無し…溜息まじり
家内の手術後の検診の日、こちらが治療方法の要望を出すと「落としですからネ」良く回復して此の侭で大丈夫です。の返答に、行く当てのない単線列車の悲哀を感じて「しょうがないなあ~」と返事するだけの事2020-10-30

