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人里離れたの農業用のダム湖でただ一人 釣鐘人参草に出会い
何を求めてきた?っと自問自答 去って行ったのは花じゃない
迷い込み 神の死角へ 勇み足
小高い丘の上に迂闊にも神さまの死角に足を踏み込んでしまったボク
案内板とかは出ていたかもしれませんが、この世とは思えない光景で
沈みゆく夕陽のその先は西方浄土か賽の河原か、ただ茫然と見惚れて
あたりは夕闇が迫り誰か附いて来る気配がしかし振り向いてみれば夕闇
朝早くから福井県小浜のエンゼルラインに出かけて
山のてっぺんから 見下ろした紅葉に映える山を見る
天気予報では一日中晴天のつもりが夜明けから一面の
雲で視界は悪く「ついてない~~」市内へ戻りゆっくり
昼食をとると青空が出て再度ドライブウエーを戻る(^^)
エンゼルライン:11月14日(写)
午後は晴れるが雲が多い
公園の楓の木の下で風変わりな葉っぱを見つけて
説明を読むと「カナメモチ」写真で写しました
里の秋も紅葉あり黄葉あり常緑樹ありそれぞれ
自分にふさわしい色に染めて裸木になるまでの
暫しの間私たちを楽しませ感動を与えてくれる
この美しさを新兵器カメラで絵画のように表現す
妙感寺:11月11日(写)
何ごとも 無かったような 秋の暮れ
午後家内の面会に行きリンゴを二人で食べたが喜ばなかった
何時もように柔かい果物葡萄イチゴ蜜柑チョコレートだった
3時半ごろからお天気が良くなり夕日を撮りに行くが構図不良
大きくは宇宙 地球 日本 小さくは私を取り巻く環境です
日々何事かの問題を抱えているのですがそんなことには微動だに
談山神社:11月8日(写)
命ある かぎり描こう ラブレター
「砂に書いたラブレター」昔のヒット曲にありましたね
これを文字って私は写真で幻のキミに届けようとしています
砂の上にはどんなに上手に描いた絵も波のひとつで跡形もなく
消えてしまいますが、それでも懲りることなく人は思いを描く
消えることが分かっていても描かなければ死んだも同然です
命のある限り描いてみよう・・・たとえ戯画であろうとも…
多武峰から室生路 帰り道 西光寺に立ち寄る
ふら~りと出掛けて奈良多武峰から室生路
帰り道に遠くからでも目立つ大イチョウ
立ち寄って落葉銀杏の絨毯を撮り住職に出会い
「写真撮らせて頂きます」と挨拶心和む会話
室生 西光寺:11月8日(写)
今日面会に行った出会ってすぐには解らない様子
キミが大好物の薄皮ミニ案パンを手で千切って二人で食べた
嬉しそうな笑顔でモット欲しいと手で訴える
二人で歌を歌った笑顔と手で拍子をとっている
カエリタイ…何時まで…ボクの目頭が一杯になる
か弱い女の世話も出来ない甲斐性無し…溜息まじり
家内の手術後の検診の日、こちらが治療方法の要望を出すと「落としですからネ」良く回復して此の侭で大丈夫です。の返答に、行く当てのない単線列車の悲哀を感じて「しょうがないなあ~」と返事するだけの事2020-10-30
京丹後鉄道(たんてつ)ゆら川橋梁でのんびりと
楽しむ次々と来る電車にラッピングが施されご満悦
人間誰でもすこし背伸びして暮らしていると思う
それが進歩でありそれを無くせば実に気楽ですね
歳とともに減って来るというより今は無いも同然
TV「旅サラダ」で放送されました「さかなテラス」へ行ってきました
秋風が身に沁みるようになると不思議にいろいろな
出来事が浮かんでは消えまた浮かぶ・
秋の音色を謳歌していた虫たちも一生を送っのか
寒さに向かうとどうしても人恋しくなるのです・
寒さ対策ではないのですが、物寂しいんです・
今津町にて
午前は「しんあい」でたこ焼きパーティでご馳走になりました
午後から秋のバラが満開との情報で彦根へ直行してソフト撮り
その後夕陽を追っかけて荒神山に登ったが良いアングルが見つからず
結局はびわ湖湖畔でゲット・・
お答えは 自分で出せと 秋のバラ
終止符を打てば一件落着とはなりますが後々までも
疑問と後悔と未練を残すことにもなりかねません
一時の小休止でまた新しく考えが浮かぶこともあるし
なんで昨日気づかない事が夜明けと共に浮かんで来る
明けない夜は無い新規まき直しですよ明日もあるさ!
なんのために生きるのだ残された人生の道を探し歩く
自分には自分に与えられた道がある天与の尊い道がある
どんな道かは知らないが、他の人には歩めないこの道
それがたとえ遠い道のように思えても休まず歩む姿から
必ず新たな道がひらけてくる 深い喜びも生まれてくる
景色を探すことではない 新しい目で見ることなのだ
神蔵寺谷川ダム湖:10月12日(写)
勇敢な人もいるのです それは自分への信頼が絶大で
あると言うことに他なりません・世間的には向う見ず

